奈良家庭裁判所 平成元年(家)109号 審判 1989年4月21日
申立人 竹井薫
相手方 竹井政一
未成年者 竹井啓祐
主文
未成年者竹井啓祐の監護者を申立人と定める。
理由
第1当事者の申立と主張の要旨
1 申立人
(1) 申立の趣旨主文と同旨の審判を求める。
(2) 主張の要旨
(ア) 申立人(妻)と相手方(夫)は、昭和58年4月7日に婚姻の届出をした夫婦であり、未成年者啓祐(以下単に啓祐という)は当事者間の長男である。申立人と相手方はその後不仲になり、申立人は昭和62年10月26日に啓祐を連れて住所記載の申立人の両親のもとに戻り、相手方とは別居生活が続いている。昭和62年10月には相手方が申立人となって当裁判所に夫婦関係調整の調停の申立があり、何度か調停期日が重ねられたが、昭和63年7月に、合意の成立する見込みがないとして不成立に終った。その後、相手方を原告、申立人を被告として、奈良地方裁判所に離婚訴訟が係属する一方、相手方が申立人となって当裁判所に啓祐の引渡を求める調停事件の申立があり(当庁昭和63年(家イ)291号事件)、ここでも何度か調停期日が開かれて双方で話し合ったが、結局双方いずれも啓祐を自分の手許で監護養育することを強く主張したため合意に至らず、本年2月1日に相手方は調停申立を取り下げた。
(イ) 申立人は、現在○○生命保険の社員として勤務しているが、申立人の両親(啓祐にとって祖父母)も元気なので、啓祐の監護養育にはなんら問題のない家庭環境にある。ところが、相手方はかねがね啓祐を引き取って相手方の手許で育てたいと強く主張しており、別居後もときどき啓祐が通っている○○幼稚園を訪ねてきては園の担当者に無断で啓祐に面会するなどしているので、申立人としては啓祐を実力で奪われるのではないかと心配であるし、啓祐も不安定な心理状態に置かれ、申立人と啓祐の日常の生活にも悪影響が懸念される状況にある。
(ウ) 別居中の夫婦間のことであり、また、離婚訴訟係属中ではあるが、啓祐が心身ともに落ち着いた家庭生活を過ごせるように、申立の趣旨のとおりの審判を求める。
2 相手方
(1) 申立人の主張に対する認否
申立人の主張の要旨中(ア)の事実(当事者双方が婚姻中の夫婦であること、啓祐が双方間の長男であること、申立人が啓祐を連れて別居していること、調停の経過及び離婚訴訟が係属していること。)は認める。(イ)の事実中、相手方が啓祐を手許で監護養育したいと強く希望していること、○○幼稚園に啓祐を訪ねて何度か面会したこと、申立人が勤めに出ていることは認めるが、申立人やその両親による啓祐の監護養育環境が適切なものであることは争う。申立人は平日は仕事で出勤しているので、主として申立人の両親(啓祐の祖父母)が啓祐の面倒をみているが、申立人の両親はともに身体に障害があるために、啓祐を戸外で走り廻らせるなど、のびのびとした環境で育てることができないし、申立人の兄夫婦の子供2人と同居しているので、なおさら啓祐の面倒をみる余裕に乏しい。啓祐はアレルギー体質でぜんそくの発作が激しいが、啓祐の現住所は自然環境も適切ではない。
(2) 相手方の積極的主張
啓祐は、相手方の両親の住居(京都府相楽郡○○町)に引き取って、相手方の監護のもとに養育したい。相手方も勤務があるので、平日は両親に啓祐の面倒をみてもらう必要があるが、相手方の両親(啓祐の祖父母)は健常者であるし、住居は郊外地で木津川のすぐ近くで、自然環境に優れていて小さな子供を自然の中でのびのびと育てるのにふさわしい環境である。啓祐の体質改善の効果(転地療法になる)も十分期待できる。なお、相手方自身も現住所を引き払って両親の住所に戻り、啓祐とともに生活することを考えている。
第2当裁判所の判断
1 本件申立の適法性について
本件申立は、婚姻中の夫婦の一方から申し立てられたものである。しかし、父母が婚姻中であっても、別居していて事実上の離婚状態にあり、未成年者である子の監護養育をめぐって争いがある場合等、子の福祉のために必要があると認められるときは、家庭裁判所は民法第766条、家事審判法第9条1項乙類4号を類推適用して、子の監護に関して必要な事項を定めることができると解するのが相当である。また、父母の間で離婚の訴訟が係属していることは、この類推適用を妨げる理由となるものではないと解される。離婚の訴訟の結果如何によっては、父又は母の申立により、改めて審判をする必要が生ずることは考えられるけれども、だからといって、現在における子の福祉のために必要があると認められる場合に、前記の類推適用を否定する根拠とはならないというべきだからである。
本件についてみると、当事者間においてこれまでに夫婦関係調整及び子の引渡請求の調停事件が当裁判所に係属し、いずれの事件においてもそれぞれが啓祐を自身の手許で養育することを強く主張して譲らないため不成立に終わったことは、当裁判所に顕著である。そして、調査官による調査の結果と相手方の審問の結果を総合すると、当事者間には離婚訴訟が係属していて、双方の対立は感情的なものも含めてかなり深刻なものがあり、相手方は昨年来何度か啓祐が通っている○○幼稚園を訪ねて啓祐と面接しているが、その際に啓祐を連れて出ようとしたこともあったと認められ、申立人は啓祐を実力で相手方に奪われるのではないかと不安に思っておりこのことが啓祐の日々の生活にも影響を及ぼすことが懸念される状況にあることが認められる。以上の事情を考慮して、本件申立を適法と認め、以下申立の当否につき判断する。
2 申立人を監護者とすることの当否について
(1) 調査官の調査の結果によると、次の事実を認めることができる。
「啓祐は、現在母である申立人とともに、申立人の実家で、祖父(申立人の父)西山孝義(62歳)、祖母(申立人の母)西山文子(56歳)伯父(申立人の兄)西山一郎(33歳)、その妻西山ヨシ子(26歳)従兄弟(西山一郎、ヨシ子の子)西山正樹(2歳)、同西山尚子(0歳)と同居している。8人の同居世帯であるが、申立人の兄夫婦とその子は2階、申立人、啓祐、孝義、文子は1階と住み分けているので、申立人と啓祐の日々の生活に格別の不便や支障はない。
申立人は、○○生命に勤務しているが、出勤途上に啓祐を○○幼稚園に送って行き、帰りは祖父孝義が啓祐を迎えに来るのが通常である。時には祖母文子も送迎を手伝っている。祖父孝義は若い頃に事故にあって右腕を失い、足にも障害が残っていて、走ったり階段を昇り降りするには不自由があるし、祖母文子も足が悪くて歩行に不自由なところがあるが、いずれも日常の生活には大きな支障はなく、啓祐の通園の送迎も可能である。
啓祐は、申立人が勤めに出ていた関係で、生後間もない頃から、平日の昼間は申立人の実家に預けられることが多かったことから、祖父母である孝義、文子にはよくなついているし、昨年からは○○幼稚園に通園しているが、この頃では園での生活にも慣れて問題なく過している。アレルギー体質でぜんそくの発作があるなど、健康面で不安があるが、他の園児と比べて欠席が多いというわけではなく、最近は比較的落ち着いていると見受けられる。
申立人は母として、孝義、文子は祖父母として、幼稚園での教育に相応の協力をしており、啓祐の養育環境として格別問題となるところはない。」
以上のほか、啓祐はまだ5歳に満たない幼児であって、健全な心身の発育には急激な生活環境の変化はマイナス要因となるおそれが多く、できれば安定した生活環境を維持することが望ましいと考えられること、また、この年齢の子供の場合、母親との結びつきが強いので、母子同居のほうが通常は望ましいと考えられることを総合考慮すると、相手方の手許で監護養育することがよほど優ると認められるような特別の事情がない限り、現状を維持するのが相当と考えられる。
(2) そこで、相手方の主張する相手方両親の許での養育環境について検討する。相手方審問の結果と調査官の調査の結果によれば、相手方両親の住居は、郊外にあって○○川の河川敷も近く、自然環境に恵まれていること、相手方両親はともに健康であり、仕事は相手方の弟に譲っているので、暇もあって孫の面倒をみることができること、相手方の両親も啓祐の将来を案じて、孫可愛いさの気持ちから引取り養育を希望していることが認められる。また、相手方自身としても、父親の愛情から啓祐に良かれと思い、将来を案ずる一心から強く引取方を主張していることは認められ、その心情は理解できる。しかし、それ以上に危険を犯してまで啓祐の養育環境を変更すべきものと考えるほど相手方の許での養育環境の優位性を認めるに足る資料は見当らない。
たしかに、申立人の両親がいずれも身体に障害があることで相手方が不安に思うのも無理からぬところはある(戸外でのびのびと走りまわらせてやりたくても、できにくいというようなことはあろう)。自然環境の良いところで健康の増進を期待するのももっともではある。しかし、これらの事情は、いわば程度問題といえるのであって、現在の啓祐の養育環境として問題があるとか、相手方の許での養育環境が決定的に優れているとの判断に結びつくものとはいえない。
なお、相手方は、婚姻生活が破綻するに至った原因は申立人にあるのに、申立人が一方的に啓祐を実家に連れて帰ったことによる既成事実を前提にされ、相手方自身が調停に期待して実力行使に出るようなことは自制したことが評価されないのでは納得できないという気持ちが強いように見受けられる。たしかに、このへんの相手方の心情は理解できないではない。しかし、子の監護養育の問題は、子の福祉の観点を第一とし、夫婦関係の破綻の有責性とは別個の観点から判断すべきものであることを付言しておく。
(3) 以上のとおりであるから、申立人を啓祐の監護者と定めるのが相当である。
3 結論
よって申立人の本件申立を正当と認め、主文のとおり審判する。
(家事審判官 上谷清)